2000年代前半、ゲームの複雑化・高度化に伴い、ライトユーザーや非ゲーマー層がゲームから離れる「ゲーム離れ」が深刻な課題となった。これに対し、任天堂の岩田聡社長(当時)が打ち出したのが、「ゲーム人口の拡大」という戦略である。その核となったのが、2004年発売のニンテンドーDSと2006年発売のWiiであった。
ニンテンドーDSは、上下2画面、下画面のタッチパネル、マイク入力といった直感的なインターフェースを搭載した。特に 『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』(2005年)は、それまでゲーム機に触れることのなかったシニア層をも巻き込む空前のヒットを記録した。 また、『nintendogs』での音声入力やタッチ操作によるペット育成、『おいでよ どうぶつの森』での緩やかなコミュニケーションは、ゲームの定義を「攻略」から「日々の生活のスパイス」へと塗り替えた。
2006年、家庭用据置機Wiiが登場。最大の特徴は、赤外線センサーと加速度計を搭載したWiiリモコンである。 従来の「複雑なボタン操作」を捨て、リモコンを振る・指すという 「直感的動作」を導入した。ローンチタイトルの 『Wii Sports』は、テニスやボウリングを現実の動作に近い形でプレイでき、家族全員がリビングで同時に遊ぶという、かつてのファミコン時代の風景を現代的に再現した。 2007年の 『Wii Fit』では、バランスWiiボードを用いたフィットネスという新たなジャンルを確立し、健康器具としての側面も持たせた。
この時期、特殊なコントローラー(専用デバイス)を用いたゲームが全盛期を迎えた。アーケードから移植された 『太鼓の達人』や『ギターフリークス』に加え、欧米では 『ギターヒーロー』や 『ロックバンド』が爆発的にヒット。本物の楽器を模したコントローラーで演奏体験を楽しむ文化が定着した。これは「ゲーム操作の簡略化」と「身体性」の追求が合致した結果と言える。
Wiiの「Wiiショッピングチャンネル」やPlayStation 3の「PlayStation Store」、Xbox 360の「Xbox Live Arcade」など、据置機におけるデジタルダウンロード販売が本格化した。 これにより、パッケージ販売が難しかった小規模なソフトや過去の名作(バーチャルコンソールなど)が手軽に購入可能になり、次セクションの主役となる「インディーゲーム」の台頭や「基本プレイ無料モデル」への橋渡しとなった。
2002年頃からの『ファイナルファンタジーXI』や後のWii、DSでのオンライン機能により、文字を使わないエモーション(しぐさ)や簡易チャットによる 「非言語・ゆるい繋がり」が重視されるようになった。これは、後のSNS時代のコミュニケーション感覚を先取りするものであり、ゲームが高度な情報化社会における「新しい社交場」としての地位を確立した時期でもあった。