2000年代に入ると、インターネットの普及に伴い、ゲームは「一人で遊ぶ」あるいは「隣の友だちと遊ぶ」ものから、「世界中の誰かと繋がる」ものへと変貌を遂げた。その先駆けとなったのが、2000年にセガがドリームキャストで発売した 『ファンタシースターオンライン(PSO)』である。 家庭用ゲーム機で本格的なアクションRPGをオンラインで実現し、キーボードや定型文チャットを通じたコミュニケーション文化を一般層に広めた。
PCプラットフォームでは、数千人以上のプレイヤーが同一の世界に同時に接続するMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)が全盛期を迎えた。1997年の『ウルティマ オンライン』が築いた基礎の上に、グラフィックを大幅に強化した 『エバークエスト』(1999年)や、日本でも絶大な人気を誇った 『ファイナルファンタジーXI』(2002年)が登場した。 これらのゲームでは、役割分担(タンク、アタッカー、ヒーラー)による協力プレイが不可欠となり、ゲーム内での人間関係や「ギルド」といった社会組織が形成されるようになった。
2001年(日本発売は2003年)の 『グランド・セフト・オートIII(GTA III)』は、ビデオゲームの構造を根本から変えた。3Dで構築された広大な都市(オープンワールド)を舞台に、メインストーリーを無視して自由に街を駆け巡り、市民生活を混乱させることもできる「サンドボックス(砂場)」的な遊びを提供。 この圧倒的な自由度は「オープンワールド」というジャンルを定義づけ、後の『スカイリム』や『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』へと続く系譜の起点となった。
この時期、欧米市場ではPCスペックの向上に伴い、FPS(一人称視点シューティング)が独自の進化を遂げた。『ハーフライフ』(1998年)やそのMODから生まれた 『カウンターストライク』、そして後の 『バトルフィールド』や 『コール オブ デューティ』シリーズが、映画的な演出と高度な対戦バランスを実現。 特にPCゲームにおけるマウスとキーボードによる精密な操作は、家庭用機とは異なるハードコアなゲーム文化を醸成し、競技シーン(プロゲーマーの誕生)の土壌を整えた。
2003年、Valve社がSteamサービスを開始した。当初は自社ゲームのアップデート用プラットフォームに過ぎなかったが、これが後に世界最大のPCゲームデジタルストアへと成長する。物理的な「ディスク」を買うのではなく、データを「ダウンロード」して所有するという形態へのシフトが、この時期に静かに始まった。
日本では、ブロードバンドの普及とともに「インターネットカフェ」が各地に誕生し、韓国発の『ラグナロクオンライン』などがヒットした。また、PCゲーム文化の裾野が広がったことで、『東方Project』や『ひぐらしのなく頃に』といった同人ゲーム(インディーの先駆け)が、既存の商業メーカーに匹敵する影響力を持つようになったのもこの時代の特徴である。