1990年、任天堂はファミコンの後継機スーパーファミコン(SNES)を発売。回転・拡大・縮小機能をハードウェアレベルで搭載し、サンプリング音源による豪華なBGMを実現した。これに対し、セガは16ビットCPU(MC68000)を搭載したメガドライブ(Genesis)で対抗。北米市場では『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』のハイスピードなアクションが熱狂的に受け入れられ、任天堂の牙城を崩す激しいシェア争いを繰り広げた。
カプコンから発売された 『ストリートファイターII』は、アーケードのみならず家庭用(スーファミ移植版)でも社会現象を巻き起こした。8人の個性的なキャラクターから一人を選び、対人戦を行うというスタイルは、単なる攻略から「読み合い」や「コンボ(連続技)」という技術介入の要素を極限まで高めた。 この成功により、各地のゲームセンターは「対戦台」で埋め尽くされ、現在のeスポーツの原点とも言えるコミュニティ文化が形成された。
1994年、日本のゲーム市場は大きな転換点を迎えた。家電メーカーのソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)が参入し、PlayStationを発売。同時期にセガもセガサターンを投入した。 これまでのカセット(ROMカートリッジ)に代わり、安価で大容量なCD-ROMを媒体に採用。開発コストの低減と、動画再生・高音質BGMの導入が可能となった。この「次世代機戦争」は、単なるスペック争い以上に、流通構造そのものを変革させた。
この時期、最も劇的な変化はグラフィックが「ドット絵」から「ポリゴン(3DCG)」へ移行したことである。アーケードではセガの『バーチャファイター』(1993年)が世界初の3D格闘ゲームとして衝撃を与え、プレイステーションでは『リッジレーサー』や『鉄拳』がその技術を家庭に持ち込んだ。 キャラクターが3次元空間を自由に動き回る表現は、カメラワーク(視点移動)という概念を生み出し、ゲームデザインの自由度を飛躍的に向上させた。
1997年、プレイステーションで発売された 『ファイナルファンタジーVII』は、3Dポリゴンとプリレンダリング(事前製作)された美しい背景ムービーをシームレスに融合させ、世界中で約1,000万本を記録。この作品の成功は、日本のRPGが世界市場で通用することを証明したと同時に、任天堂ハード(N64)からプレイステーションへのユーザー移行を決定づける歴史的事件となった。
任天堂は1996年にNINTENDO64を投入。カセット媒体にこだわり、ロード時間の短縮を優先した。特筆すべきは 『スーパーマリオ64』である。アナログスティックを用いた「360度自由自在な移動」と、3D空間における完璧なカメラ制御を実現し、現代のあらゆる3Dアクションゲームの操作系統における「標準(スタンダード)」を確立した。